2017年11月30日木曜日

トン、トン、トン


1. 三匹の蛸

ノックの音がするのでドアを開けると、そこには太田省吾さんとアルヴォ・ペルトさんとジョナス・メカスさんが立っていた。この戯曲家、音楽家、詩人は、みんなそれぞれ別の場所から同時にやって来た。そしてドアを開けるなり、わたしに蛸のように吸いついた。わー。
二週間前、太田省吾さんの『舞台の水』を握りしめながら新宿をあてもなく歩いていた。誰かと話がしたかった。
一週間前、ジョナス・メカスさんの『森の中で』を声に出して読んだ。一語一語の言葉のあとを何も考えずについて行くと、知らない場所にいた。



2. よく見る

きのうの夜、一人で「水の駅」を見ていた。
老婆が人差し指に水をつけ、ゆっくりと口に近づけ、舌を出して吸いついたときに、わたしはポンと膝を打った。
「いま、ここ、これ」という瞬間。面白くも、意味もないかもしれぬが、触れる価値のあるもの。それらを、引きのばそうとする努力。「ほら、この瞬間だよ。もっと味わって」とでもいうような。そんなふうに思えてきた。美しい蝶をピンでとめてガラスケースに入れる人がいるけれど、その行為に似ていると思った。
始まってすぐは寝ちゃうかもと思ったけれど、最後まで見飽きなかった。というか、なんて官能的なんだろうか……。水の音が官能的になったり、切なくなったり、苛立ったり、慈悲深くなったり聞こえてくるから不思議。水は変わらないけど、水を受け止める人はそれぞれ変わる。水の音がやむ瞬間、なぜだかすごくホッとした。


3. よく聞く

セルジュ・チェルビダッケさんの指揮。
あのね、もっと耳を澄ませてくださいよ。隣りの音に。あのさ、そんなに急いだら味わえないだろう。もっと、いまここで響いているものに佇ずんでください。ほら、違う世界の楽しみ方が見えてきたでしょう。
そんなふうな声が聞こえる。



ここ最近であったものをまとめておこうと。ひとまず。

2017年11月11日土曜日

なんでもない日々


1.「午後の光」

夕方、部屋のあかりをつけないまま、本を読んでいた。
太陽が西に沈むにつれて部屋の明るさも移動していくので、私もそれにあわせて窓の方へちょっとずつ移動しながら読書をつづけた。とうとう日が沈み、部屋は暗くなったので本をぱたんと閉じた。「日が沈むまで読書をする」ってシンプルでいいなと思った。


2.文字を写す

暇なときに文字を書き写すというくせ(趣味かな)がある。きっかけは、たぶん夏目漱石の『虞美人草』だった。何度読み進めても5ページ目くらいで内容がチンプンカンプンになってしまうので、一文字ずつ書き写してみようと思ったのだ。読み通すのに3ヶ月くらいかかったけれど、今度は面白く最後まで読めた。
最近は「良寛字典」を写している。良寛さんの書いた字がひらがなから漢字までいろいろ載っている。肩の力が抜けていて軽やかで、書いているとなんだかウキウキしてくる。こんな字のようになりたい。



3.落ち葉をひろう

このあいだ、新宿にお芝居を観に行って、そのあと新宿御苑を散歩した。
昔からこの季節が好きだ。ふかふかの落ち葉の上を歩いていると無条件にテンションが上がる。色とりどりの一面の落ち葉。とてもいい舞台。このような空間を舞台にできないものだろうか。
みんなきれいきれいと言って写真をとったり、自分の好きな色と形の落ち葉をひろって帰っていた。明日には茶色くなってしまうだろうけど。